諦めが肝心だと、よく言われる。
一方で、諦めることには、ためらいがある。
本当の意味で「諦めの境地に立つ」とは、何か。
一切の期待を排除すればよい。
自分を諦める。何がしたい、何ができる。己が掴みたいその全てが、どれだけの自惚れ、どれだけ現実に無理を通しているのか。
他人を諦める。いったい何を、分かり合えるというのか。自分自身を投影しただけの、都合の良い他人などいない。
諦めの境地とは、全ての無理、無策、無為、理不尽から、思考を解き放つことだ。
期待のない現実。その先に起こる事象を、ただ純粋に、”残念”に受け止めるだけ。