残念論③
J.M.ケインズという、著名な経済学者がいた。彼は「行動の人」だという。
人を変えよう、世界を変えようと生きてきた人だ。『説得論集』という本もある。
彼は説得を試みる。しかし、理解されないこともある。そんなとき、彼はただ、「残念」に思ったという。全く遺憾のない、爽やかな「残念」だった。
諦めの境地は、感動や、人との繋がりとを絶たれた、虚無の意思ではない。
その極致に達することで、行き場を失くした期待のベクトルを、冷静に向け直すこともできる。
達人の域では、それでもなお、人を夢を、説得できるのだろう。
※ ケインズについて勝手ほざいているのは、ミロ・ケインズ編『ケインズ 人・学問・活動』(1978、東洋経済)を読んだ筆者の感想です。ご了承ください。